善の倫理(仏陀の十二縁起ダンマ復活 /三つの善・岩戸開き・ゾロアスター)から、老子(みろく菩薩)と仏陀に帰る~宇宙時代の聖典エイリアンインタビュー~老子と仏陀は輪廻転生の地球牢獄から脱出された

人には二つの脳があります。腹部の脳が第一の脳で主です。次に頭部の脳が第二の脳で従です。よって第一の腹部の脳の直感と慈の徳を主にします。第二の頭部の脳は、無心(悲)にして従にします

底筒男(底津綿津見)の体験体得1~内面の動きに気づきましょう。ただし、気づいた内面の動きと格闘してはいけません。なぜなら格闘すると苦しみが生じるからです。

西村太久也

底筒男(底津綿津見)の体験体得1~内面の動きに気づきましょう。ただし、気づいた内面の動きと格闘してはいけません。なぜなら格闘すると苦しみが生じるからです。

 

例えば歩く時は歩く事だけに意識を向けます。

 

考えながら、音楽を聞きながら、歩くことはしません。

 

いわゆる、ながら生活はしません。

 

食事をする時は食事だけに意識を集中します。

 

歩く時には歩くことだけに意識を向けます。

 

用事をする時には用事だけに意識を集中します。

 

 

意識を集中する小さな実践から始めます。

 

音楽を聞くならば、音楽を聞くことに意識を集中します。

 

考えるならば、考えることに意識を集中します。

 

 

音楽を聞きながら、考えながらの、ながら生活はしません。

 

なぜなら、音楽を聞きながら、考えながらの、ながら生活をしますと、内面が考えに、音楽に染まってしまいますから、内面がカラの下地になりません。

 

そうなると、内面の動きに気づきにくくなります。

 

内面の動きに気づきにくくなりますから、内面の奥から湧いて来る直感に気づきにくくなります。

 

身体の六根(眼・鼻・耳・舌・触覚・脳)や、感情や心、諸々のものへの欲求が、内面を騒がせることもあるでしょう。

 

内面の動きに気づいているだけでいいのです。

 

六根(眼・鼻・耳・舌・触覚・脳)や、感情や心、諸々のものへの欲求は、無常ですから、つまり、過ぎ去っていくものですから、そのまま放置しておけばやがて消えていきます。

 

内面の動きに気づいていれば消えていくのがわかります。

 

内面の、六根(眼・鼻・耳・舌・触覚・脳)や、感情や心、諸々のものへの欲求と、格闘してはなりません。

 

格闘すると苦しみが生じるますから、そのまま放置しておけばいいのです。

 

しかし、この方法は生前は有効ですが、脳内ドラッグが放出される死の瞬間には役に立ちませんから、死の時に備えた別の感情や心のコントロール法を、死ぬ前に事前にリハーサルしておく必要があります。 

 

まとめますと、食事をする時は食事だけに意識を集中します。

 

歩く時には歩くことだけに意識を向けます。

 

用事をする時には用事だけに意識を集中します。

 

考えながら、音楽を聞きながらの、ながら生活はしません。

 

意識を集中する小さな実践から始めてみましょう。

 

小さな実践の成功の積み重ねが、大きな成果へと導きます。


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